タイルの歴史は長く、紀元前三〇〇〇年頃のエジプト王朝時代から、壁材や床材として用いられた。堅牢さと美しさが定着の理由であろう。
煉瓦の歴史はさらに長く、やはりエジプトのナイル川流域で紀元前五〇〇〇年頃から使われていたと考えられている。わが国で、タイルの仲間と呼ぶことができるもののはじまりを探ると、奈良時代(710~784年)の寺院建築に用いられた「磚(せん)」に行き着く。それは住居建築の腰瓦として広がり、やがて内装タイルの流れをつくっていく。
また江戸時代後期の佐賀藩などで実用化された反射炉に煉瓦が用いられたという事実があり、これを契機に張り付け化粧煉瓦と呼ばれる外装タイルの流れが生まれる。さらに、これらとは別に、嘉永六年(1853年)の鎖国終結を契機とする輸入タイルの流れがある。
日本のタイル製造の歴史は、「磚(せん)」からはじまる内装タイル、反射炉ゆかりの外装タイル、西欧文化の色濃い輸入タイル、以上のように三つの源流をたどって出来上がった歴史がある。
「磚」は紀元前1122年ごろから同256年ごろに栄えた中国の王朝「周」で使われるようになったのが最初とされている。
日本では、仏教伝来(538年)に伴って造営された寺院の建築材として、屋根瓦とともに土間に使われた敷瓦、いわゆる「磚」がはじまりと言われている。現在のタイルに近い陶板状の製品であり、床材として使った江戸中期の寺院建築も多く残っている。
この中国から伝来した「磚」の製法は日本の風土の中で独自の発達史をたどり、日本の床タイルの源流としての位置を確立した。
敷瓦 「磚」
法隆寺中門 敷瓦
敷瓦 「磚」(釉掛けされた 「磚」)
定光寺 徳川義直公廟 敷瓦
「煉瓦」が日本の建設現場に登場するのは、幕府が肥前長崎の飽ノ浦に長崎鎔鉄所(のちの長崎製鉄所)の建設をはじめた安政四年(1857年)ごろである。オランダ海軍機関将校ハー・ハルデスの指導によって長崎の瓦屋職人が焼いた日本製煉瓦の第一号と推測される。その後、おりからの文明開化の気風のなかで煉瓦建築は一気に普及する。しかし、大正十二年(1923年)に発生した関東大震災により、それまで営々と築きあげられてきた日本近代化の夢は無残に崩壊した。特に近代文化の象徴ともいえる煉瓦建物の倒壊の姿は驚嘆の対象となり、それ以後の建築物を煉瓦造りから鉄骨・鉄筋コンクリート造りへと転換させる契機にもなる。東京復興に伴う一大建築ブームにより「耐震不燃建築」を合言葉に内外装タイルの需要を喚起した。
こうして煉瓦は厚みの薄い外装タイルとして変遷していく。
本煉瓦
旧大阪砲兵講工廠化学分析所
輸入タイルを使用している現存最古の建物は、長崎市の旧丸山遊郭にある料亭「花月」(創業は寛永十九年(1642年))であり、坂本龍馬、高杉晋作、勝海舟も出入りした。その建物の床にタイルが使われている。
オランダから輸入された平瓦状の敷瓦で、今から三百数十年前のものであることが確認されている。その後、幕末の時代になると優れた装飾タイルがイギリスから輸入されるようになった。
続く明治の時代には、煉瓦造りの洋風建築が多く建てられるようになり、内装も洋風化し、暖炉や浴室、洗面所等に装飾タイルが使われるようになった。
日本におけるタイルの三つの流れは、乾式成形タイルの技術開発によって国産化・量産化が実現する明治三十九年(1906年)ごろまで続くことになる。
長崎・料亭「花月」
オランダ輸入タイル
長崎・料亭「花月」 竜の間
昭和36年、繊維産業の本社が数多く集まる 大阪・船場の本町ビルディングの屋上に フェニックス・モザイク「糸車の幻想」が誕生しました。
本作品は、日本で最初にアントニ・ガウディの建築思想や作品を本格的に紹介したとされる、建築家・今井兼次氏の作品です。
フェニックスとは、「不死鳥」を意味します。
高度経済成長期、日本では古いものやキズものをすぐに取り替えてしまう「使い捨て」の習慣が生まれました。
それは、日常使われている食器やタイルにも当てはまります。
フェニックス・モザイクには、使い捨てられたタイルや、使われなくなり眠っていたやきもの、陶片タイルを再利用し、よみがえらせようという願いが込められています。
旧「糸車の幻想」 (本町ビルディング)
しかし平成27年、本町ビルディングが解体されたのと同時に、「糸車の幻想」も一時的に街から消え去ってしまいました。
そして平成29年、本町ビルディングは新たに大阪商工信用金庫本店ビル として建て替えられ、建物西側の敷地内に設けられた広場に「糸車の幻想」が再現されることになったのです。
旧「糸車の幻想」 (本町ビルディング)
こちらが、平成29年9月に再現された、新たなフェニックス・モザイク「糸車の幻想」です。
中央が糸車で、右上の星は牽牛星(彦星)、左上が織女星(織姫)、両者の間に天の川が流れています。天の川を突き抜ける塔の頂部には、月があしらわれています。
巨大な糸車と背景の天の川、彦星、織姫というロマンチックなモチーフが、街で働く人たちや訪れる人たちの時間を潤し、やきものへの愛着を感じさせてくれることでしょう。
再現「糸車の幻想」 完成(大阪商工信用金庫本店ビル)
こちらは、道路の向かい側から撮影した全体像です。
歩道を歩く人々がふっと見上げると、次元の違う空間が広がり、きらめきを感じさせてくれます。
2階の広場まで、誰でも見に行けるように開放されています。
再現「糸車の幻想」 完成(大阪商工信用金庫本店ビル)
タイルや、やきものを張り付けるための下地が完成したら、墨出しを行います。
※「墨出し」とは、図面と照合し、下地にタイルや、やきものを張り付けるための位置付けのこと。下地に墨で印していくので、墨出しといいます。
既存作品が解体される前に、3次元レーザースキャナーにより、全方位測定を行い、このデーターをもとに、3Dプリンターによる1/40の模型を作成しました。
また、CADデーター化から、タイル施行図を作成し、左官下地づくりに大きな効果がありました。
下地完成
また、同時に既存作品の部位ごとの写真を約1,000枚撮りました。
やきもの(お茶碗、お皿、灰皿、徳利、銚子、瓶、碍子<ガイシ>)、タイルの模様や位置を忠実に再現するために、画像をもとに復元サイズと同一の図面をA1サイズで作成します。
それを、カーボン紙を使い下地側に墨やマジックですべて書き写します。
墨出し
墨出し終了後、墨通りの位置にお茶碗を張り付けます。
その後、お茶碗の周りに現場で加工したタイルを張り付けます。
上図の完成
牽牛星(彦星)の下地と、その周りの墨出しの様子です。
この上にタイルや、やきものを張り付けていきます。
墨出し
牽牛星(彦星)が完成しました。
上図の完成
糸車の上部外側、タイル張り付け作業の様子です。
弾性接着剤(有機系接着剤)を張り付け材料として使用します
まずはお茶碗やお皿などのやきものを、墨で印した場所に先行して張り付けます。その後は、都度都度、隙間寸法を測り、タイルをその場でカットしてから張り付けます。
張り付け作業
タイルや、やきものは既存作品に合わせて選んだつもりでしたが、張り付けたところ、遠目で見ると違和感が。
違和感をなくすため、剥がしては張り、剥がしては張り、の繰り返しでした。
「糸車の幻想」の、再現までの工期は5ヶ月以上。
作業に携わった技能工の人数は600人を超えました。
張り付け作業
下地が見えて、まだ張り付けていないところは、やきものの色合いや形状が既存作品と合わないために続けて張れずに、「ダメ工事」となります。
この場合は再び産地までやきものを調達しに行きます。
張り付け作業
牽牛星(彦星)
既存作品が解体される前に撮った画像と照合し、タイルの色合いや大きさを合わせながら張り付けを行います。
既存作品の画像と照合
張り付ける前に、タイルや、やきものの色合い、形状が既存作品と合っているか、チェックしていますが、
張り付け後、職長が再度、画像図面と照合し、自主検査を行います。
ロの字型に穴の開いたブロックは、既存作品にあった西日が透ける窓です。
今作では必要性がありませんでしたが、既存作品を忠実に再現するために、化粧として取り付けました。
既存作品の画像と照合
やきものの材料
お茶碗、お皿、灰皿、徳利、銚子、瓶など
材料(お茶碗、お皿、銚子など)
材料置き場
材料(タイルや、やきもの)は色合い、形状などの関係で、実際に張り付けた面積の2倍近くの量を用意しました。
既存作品と同じような色合い、形状、種類のタイルやお茶碗といったやきものが手に入るまで産地に赴き、探し出すのに18ヶ月を費やしました。
産地にもないものは、陶芸家の方に協力をお願いし、新たに作成していただきました。
材料(タイル、お茶碗、お皿、銚子など)
やきものを伏せた状態で張ると、弾性接着剤の接着部分(面積)がやきものの縁の周りしかなく、剥離・剥落が想定されます。
そのため、特殊モルタルを縁までフラットになるように詰め込み、接着面積を増やしました。
また、同時にステンレス線を埋め込んで下地側に緊結し、剥落防止処置にも十分注意を払いました。
やきものの剥離防止策
「天の川」部分のタイルとやきものです。
張り付けられたタイルとやきもの
織女星(織姫)近くの「天の川」です。
碍子(ガイシ)も張り付けます。
※碍子(ガイシ)とは、電線とその支持物との間を絶縁するために用いる器具のこと。
材料は硬質の磁器で、釉(うわぐすり)を施しています。
このように、先にポイントとなるやきものを張り付け、その後にタイルをカット加工しながら張り付けます。
張り付けられたタイルとやきもの
下から見上げると、湯飲み茶碗や碍子(ガイシ)がどれだけ外壁面から飛び出しているかがわかります。
張り付けられたタイルとやきもの
横長に流れているのが「天の川」。
右端には「牽牛星(彦星)」、
左端には「織女星(織姫)」があります。
上部全体
右端 「牽牛星(彦星)」
上部 細部画像
中央 「月」のモチーフ
上部 細部画像
左端 「織女星(織姫)」
上部 細部画像
糸車~糸巻きボビン
下部全体
「糸車」
斜めに張り付けてあるボーダータイルは、糸車から紡ぎだされた糸を表現しています。
立体感のある波を打ったような背景は、織り上げられた着物を表現しているように見てとれます。
下部 細部画像
「糸車」の内側
糸車の円形部分は、これだけ大きく前に突き出ています。
内側の側面や背面の見えにくいところにも、丁寧にタイルや、やきものを張り付けています。
下部 細部画像
下部左端の糸巻ボビン
糸巻ボビンの中心に飾られている女性像の皿絵がバックの黄色いタイルに映えて浮かび上がったように見えます。
その周辺にはお茶碗、湯飲み茶碗、とんすい、碍子(ガイシ)が飾られています。
また外側の面には、お皿が並び、奥と手前のやきものが対称となり、おもしろい構図です。
下部 細部画像
横に流れる色鮮やかなボーダータイルは、糸車から紡ぎだされた糸を表現しています。
下部 細部画像
糸車の台座部分
中央右側に「黒牛」を張り付けています。
下部 細部画像
「黒牛」は、既存作品にも張り付けてありました。
この「黒牛」は、今井兼次氏自身を表現したモチーフです。
数多くあるすべての作品に存在しています。
今回も同じように再現するため、陶芸家の方に黒牛を作成いていただきました。
黒牛の右側の「1961」は、完成年度を印したもののようです。
因みに、「1961」もタイルで作っています。
現場で加工し、張り付けました。
また、今井兼次氏の名前、「IMAI」の文字も見えますが、これも現場で加工したタイルです。
下部 細部画像
右側全体画像
お茶碗の側面を見せています。
周辺には大小様々なタイルを加工して張り付けています。
右側 細部画像
青色系統のお茶碗、丸大皿、四角大皿などのやきものを伏せたり、仰ぐように張り付けたりしています。
右側 細部画像
お茶碗や深皿、とんすいが、所狭しと張り付けられています。
右側 細部画像
クラゲのようなやきものの中心に、小皿が伏せられています。
これらも陶芸家の方に作成していただきました。
右側 細部画像
終わりに
この度、今井兼次作「糸車の幻想」の再現工事を担当させていただくにあたり、施工期間も然ることながらタイルや、やきものの調達に予想以上の時間が掛かってしまいました。
当初、「既存作品を忠実に再現して欲しい」との依頼をいただいた際、ゼロから作成する以上に難しい作業になるであろうことは覚悟していました。
しかし、このように無事再現工事をやり遂げることができました。
「糸車の幻想」の再現を強く訴えられた、安藤忠雄建築研究所の安藤先生や元請の竹中工務店様はもとより、タイルや、やきものを提供していただいた産地の方々、また長期間施工に携わってもらった職長ならびに職方の皆さんに、ただただ「感謝」です。